「あ、イテッ、もう勘弁してよー、美月ちゃん」

「あんた、サルのくせに、なれなれしいのよ!」

 スピーカーから流れる2人の会話に、由里子はじっと耳を傾ける。

「あんたにはとことん働いてもらうわよ」美月はサルに向かって、今後のことをてきぱき説明しだした。「昼間はこうしてターゲットを張り込んで行動を把握。夜は、あんたはオンナ集め。それに乱痴気騒ぎできる店があったらチェックしておくこと」

「いっつも、わしがやってることじゃん」

「だから、あんたに頼んでんのよ。裏切ったら承知しないわよ」美月はドスの利いた声でそう鞭を振りかざし、すかさず「でもちゃんと報酬は払うから。あんたの言い値で」と飴を差し出した。

 少しの沈黙。スピーカー越しにサルが肩をすくめている様子が伝わってくる。

「今日、あんたらのメンバー見せてもらったけど、ようもああタチの悪げな連中が集まったもんじゃ。美月ちゃん入れて5人。あれで全員か?」

 お兄ちゃん、小山さん、大学くん、美月ちゃん、私。由里子は椅子に腰かけて、コクンとうなずく美月を思い描きながら、膝を抱えた。

「1人、小太りの男いただろ?」

 キーボードを全力で叩いていた男の動きがとまった。

「あれは頭がよすぎるあまり一回転して、かえってバカになった男だろ」

 小山完がスピーカーに向かって「なんだと!」と目を剥いた。高松が「プ、プププ」とほくそ笑む。

「で、奥にいたおたくみたいな、というか、おたく」

 今度は高松がスピーカーを睨みつける。

「あれは、どうでもええが」とコメントせず、「その横にいた、ぱっと見、人の良さそうな感じの男」と切り出した。高松のいるほうから、ペキッと何かが壊れる音がした。無視されたことに怒っているのだろう。サルが続ける。

「あれが大将だろ、あんたらのチームの。ここんとこ、玉の裏が久々にヒューンってなった。わしのタマキンレーダーが、あいつはちょーヤバだって反応したからな」

 へー、見抜いてたんだ。由里子は感心しながら堀井のほうを見た。両手を頭のうしろで組んで椅子の背もたれに体を預けたまま、表情ひとつ変えない。

「でも、わしが本当に怖かったのはあの中学生っぽい子。大将の妹さんだろ。実はあれがいちばん怖かった」

 えぇ。私? 小山と高松が上目遣いで由里子を見る。

「わしが裏切ってみい、『お兄ちゃんを裏切った! よくも騙したわね!』って、一生恨まれそうじゃ。だいたい、あの子の家、すげえ金持ちだろ。美月ちゃんはそこそこ出世したリーマンの家の子って感じだけど、あの子はスケールが違う。下手に恨み買うと、金と権力、なんでもかんでも使われて追い詰められそうじゃ」

 由里子はもう一度膝を引き寄せた。そうよ。誰にも言ってないけど決めたんだ。私はお兄ちゃんを守るの。守ってもらうんじゃなくて、私が力になってあげるの。


(つづく)