美月が広野の存在を知ったのは3ヶ月前だった。出身は広島で、高校中退後、繁華街を気の向くまま転々と移動している。渋谷の前は名古屋の栄町、その前は大阪のミナミ。そんな広野がここに流れ着いたとき、界隈はセンター街を中心に荒れに荒れていた時期だった。

 コギャルとセットで名物だった渋谷の不良、いわゆるチーマーが急速にギャング化したからだ。この2、3年、渋谷はコギャルたちの恩恵をたっぷり享受してきた。大人たちが援助交際やブルセラに払った金は、体やパンティを売る当人だけでなく、その彼氏たち、チーマーの懐も潤すことになった。不良たちの金回りがよくなれば、エクスタシーやマジックマッシュルームといったドラッグが大量に出回り、援交狩り、古い言葉で言えば美人局もあちこちで起こる。タガが外れた不良たちはまたたく間にギャング化した。彼らは徒党を組み、暴走族やヤクザさながらに抗争を繰り返した。仲間か敵か、この街で相手を識別するために彼らは誰ともなくチームカラーのように特定の色を身につけはじめた。ドラッグに暴力、女で荒稼ぎするいっぱしのカラーギャングの誕生だ。

 半年前の冬、ギャングたちはテリトリーを巡って激しく火花を散らしていた。ところが不思議なことに、ある時を境に抗争はぴたりと沈静化した。

 噂ではある新参者が仲介したと囁かれ、それが美月の耳にも届いた。調べを進めるうちに浮上したのが、このサル顔だった。広野は渋谷では異色の存在で、どのカラーにも属していない代わりに、どのチームとも仲良くしているという。とすれば、美月たちの「チーム」にとっても役に立つ。

 本当にこの男が抗争終結に関わっていたのか。それを確かめるのが今日の目的だった。

 美月は広野の腰についた携帯を指さしながら、

「それってチームで色分けしてんでしょ。そんな携帯持ってるってことは、やっぱあんたが動いたわけ?」

 広野は答える代わりに、携帯のメールを見せてきた。そこには、

〈東エリアOK ほかの色なし〉

〈道玄坂8人 6時までいる〉

〈青4人 宮前坂公園 要注意〉

 といった単文がチェーンメールで送られていた。

 チームのメンバー同士で、今どこに何人でいるのか、さらにほかのチームの動向について情報交換している。それが色分けされた携帯の正体だった。

「野生のサルは同じエリアにいろんな群れがおるから、常にここが安全かどうか、群れ全体で確認すんだよ」

「ぷっ」美月は吹き出した。「何それ。サル顔のあんたが、サルについて解説?」

「……」広野が顔を真っ赤にしてぶんむくれる。

「ごめん、ごめん。続けて」

「頼むで。ええか、カラーギャングも、あれよ、ま、あれっていうのはサルのことだけど。それと一緒で、要は同じ場所で違うカラー同士がぶつかんなきゃいいわけで、どっかにアジトを作って、そこからあの路地まで100メートルがブルーの縄張り、反対側がレッドの陣地とか決めて、よそ者は入るなってやるより、ほかのチームがいないところが、そのチームの現時点のテリトリーってことにすればいいじゃん。そうすりゃ、どのチームも事実上、渋谷全体が縄張りになるんじゃね? わしが言ったんはそんだけよ」


(つづく)