成金 堀江貴文

ホリエモンが放つ青春経済小説待望の第2弾!

第1章 謎のチーム ――最高のアマチュア(連載第5回)

「あ、イテッ、もう勘弁してよー、美月ちゃん」

「あんた、サルのくせに、なれなれしいのよ!」

 スピーカーから流れる2人の会話に、由里子はじっと耳を傾ける。

「あんたにはとことん働いてもらうわよ」美月はサルに向かって、今後のことをてきぱき説明しだした。「昼間はこうしてターゲットを張り込んで行動を把握。夜は、あんたはオンナ集め。それに乱痴気騒ぎできる店があったらチェックしておくこと」

「いっつも、わしがやってることじゃん」

「だから、あんたに頼んでんのよ。裏切ったら承知しないわよ」美月はドスの利いた声でそう鞭を振りかざし、すかさず「でもちゃんと報酬は払うから。あんたの言い値で」と飴を差し出した。

 少しの沈黙。スピーカー越しにサルが肩をすくめている様子が伝わってくる。

「今日、あんたらのメンバー見せてもらったけど、ようもああタチの悪げな連中が集まったもんじゃ。美月ちゃん入れて5人。あれで全員か?」

 お兄ちゃん、小山さん、大学くん、美月ちゃん、私。由里子は椅子に腰かけて、コクンとうなずく美月を思い描きながら、膝を抱えた。

「1人、小太りの男いただろ?」

 キーボードを全力で叩いていた男の動きがとまった。

「あれは頭がよすぎるあまり一回転して、かえってバカになった男だろ」

 小山完がスピーカーに向かって「なんだと!」と目を剥いた。高松が「プ、プププ」とほくそ笑む。

「で、奥にいたおたくみたいな、というか、おたく」

 今度は高松がスピーカーを睨みつける。

「あれは、どうでもええが」とコメントせず、「その横にいた、ぱっと見、人の良さそうな感じの男」と切り出した。高松のいるほうから、ペキッと何かが壊れる音がした。無視されたことに怒っているのだろう。サルが続ける。

「あれが大将だろ、あんたらのチームの。ここんとこ、玉の裏が久々にヒューンってなった。わしのタマキンレーダーが、あいつはちょーヤバだって反応したからな」

 へー、見抜いてたんだ。由里子は感心しながら堀井のほうを見た。両手を頭のうしろで組んで椅子の背もたれに体を預けたまま、表情ひとつ変えない。

「でも、わしが本当に怖かったのはあの中学生っぽい子。大将の妹さんだろ。実はあれがいちばん怖かった」

 えぇ。私? 小山と高松が上目遣いで由里子を見る。

「わしが裏切ってみい、『お兄ちゃんを裏切った! よくも騙したわね!』って、一生恨まれそうじゃ。だいたい、あの子の家、すげえ金持ちだろ。美月ちゃんはそこそこ出世したリーマンの家の子って感じだけど、あの子はスケールが違う。下手に恨み買うと、金と権力、なんでもかんでも使われて追い詰められそうじゃ」

 由里子はもう一度膝を引き寄せた。そうよ。誰にも言ってないけど決めたんだ。私はお兄ちゃんを守るの。守ってもらうんじゃなくて、私が力になってあげるの。


(つづく)

第1章 謎のチーム ――最高のアマチュア(連載第4回)

 なんて、おさるさんにそっくりなんだろう。

 由里子は美月が連れてきた男を目にして、失礼かなと思いつつも顔をまじまじと見てしまった。

「こいつが広野。ま、サル顔なんで、コードネームはサルで決まり?」

 からかうように美月は言うと、セレモニーはこれで終わりという感じで、サルの襟首をつかみ、引きずるようにまたそそくさと部屋から出て行った。たぶん、次のミッションの仕込みに行ったのだろう。

 もともと美月ひとりでは手が回らなくなったため、メンバーたちは渋谷の裏事情に通じていて、さまざまな手配ができる人物を探していた。そこで浮上したのが、広野悦雄だった。広野に関してメンバーでデータを集めた。美月はその裏取りと、最終判断を任せられていたのだ。

「ねえ、お兄ちゃん。美月ちゃん、あのおさるさんみたいな人、メンバーに加えたってこと?」

 由里子が尋ねると、お兄ちゃんと呼ばれた堀井健史は「みたいだね」と優しく答えた。

 由里子は少し不満げにふーんと鼻を鳴らした。

 なんだ、面接みたいなのをお兄ちゃんがやるのかと思ってた。だって私たち結構やばいことしてるし……大丈夫なのかな。だいたい、おさるさんも、報酬とか条件とか何も訊かずに、どうして私たちの仲間になることにしたんだろう。

 考え込んでいると、堀井が言葉を継いだ。

「由里子、さっき、あのサルが来たとき、美月の名前を呼んでただろ。美月は警戒心が強いから自分から名乗ったりしない。名乗ったとしても偽名にしたはずだ。それでも名前を知っていたというのは向こうもある程度、こっちが調べているのを気づいていたんだよ」

 堀井はいったん微笑みかけて続ける。

「もともと、今日、美月が会って使えないと判断すれば、ここには連れてこない手筈になっていた。連れてきたことがこちら側とすれば合格ということになるし、サルにすればここに来たってことで仲間入りする意志を示した。今日はこうして『アジト』で会う、それが重要だったんだ」

「でも、おさるさん、自分が何をするのか、わかってんのかな?」

「サルは僕たちが自分を調べて、メンバーに誘ってきたと知っている。自分にできることをやらせたいんだとわかっているだろうし、その能力に価値があるとこっちが判断しているのも知ってる。それにね、あの手の男は裏切ったりはしないから大丈夫」

「どうして?」由里子が訊くと、堀井は「サルだから」と笑った。

「経歴、見たろ。高校中退後、広島の流川、大阪のミナミ、名古屋の栄、そしていまは渋谷だ。住所不定のまま盛り場に居着いて、ああして元気なのは、勘がよくて、危険を察知する能力が異様に長けているからだ。ねえ、由里子、僕たちを敵に回したい?」

 由里子は首を何度も左右に振った。私にとってはみんなすごく優しくていい人だし、大好きだけど、ただのいい人じゃないことはよく知っている。だって、このチームは敵を潰すために、やっつけるために存在しているんだから。

 でもね、おさるさん。敵のほうがもっと強いんだよ。それを知ったら、逃げちゃわないかな。

 妹の不安を察してか、堀井が噛んで含めるように言う。

「いいかい、由里子。金で動かされる人間はダメだ。価値のあるのは、ま、使える人間って言い換えていいけど、金でしか動かない本当のプロフェッショナルか、金では動かない最高のアマチュアなんだよ。おそらくサルは後者のほうだろうね。僕たちの仲間になると一度決めれば、敵がどんなに強くても逃げたり裏切ったりはしない。ただ問題はどうやって飼いならすかだね。金じゃ動かない。脅してもダメだ、とっとと逃げ出す」

 そっかあ。ホント、おさるさんみたい。バナナじゃダメかな? 由里子が唇をすぼめていると高松大学が声をかけてきた。

「ゆ、由里子ちゃん、これ、これ」

 そう言うとミニコンポのスイッチを入れた。スピーカーから美月とサルの声が聴こえてきた。きょとんとする由里子。

「さ、さっきね、美月さんにマイク付けて通話状態にした携帯、わ、渡しといたんだ」いつもながらどこか挙動不審気味だ。

 この東大院生の高松がこの部屋、アジトの借り主だった。「ちゃんとしたおたくになれなかったから東大生になってしまった」という変なコンプレックスの持ち主でもある。

 すごいなあ。いつもながらの早業に由里子は感嘆した。

 高松大学くんは「だいがく」という名前同様、ちょっと、というか、だいぶ変わった人だ。人一倍、照れ屋で、きれいな美月ちゃんがこのアジトに来ると、いつも緊張するみたい。でもこういうときには抜け目がない。

「音声、すごく、いいでしょ。クッ、フフフフフ」

 目配せしてくる。以前はちょっと気持ち悪かったけど、いまではすっかり慣れた。

「すごいね、大学くん」

 由里子がそう褒めると嬉しそうな顔をして、

「こ、これで、もっと聴きやすくなるよ」とスピーカーの音を大きくしてくれた。


(つづく)

第1章 謎のチーム ――1999年の7の月(連載第3回)

 美月は感心した。シンプルな発想だが、確かにそれなら無駄な衝突は避けられる。広野が得意気に続ける。

「昔は連絡手段なんてポケベルぐらいやったけど、携帯が普及した今ならこれくらいちょろい芸当じゃろ」

 美月の中学時代はポケベルが全盛だった。そういえば、私も公衆電話に陣取ってひたすらメッセージを打っていたっけ。あのころは渋谷センター街のほとんどの公衆電話のボタンがバカになったほどだった。その後PHSが流行り、それからメールのやりとりができるようになった。

「道具が便利になって、不良どもの縄張りのあり方も変わった。でも、こういうの、ケンカ相手に提案されるとムカつくじゃん。わしみたいな部外者の意見だから少しはあいつらも耳を貸す気になったっちゅうわけ」

 他人事のようにサル顔で言う。

 美月は少し考え込んだ。この街では夏休みにもなれば、たくさんの女子高生たちが朝まで平気で遊んでいる。いわゆるプチ家出だ。親たちは、携帯電話を持たせているのでいつでも連絡がとれると娘をほったらかしにしていた。私の親もそうだった。家には帰らないけど親と話す機会は逆に増えた、なんてクラスメイトとよく話していた。その一方で、クラスの何人かはヒッキー、ひきこもりになって、24時間365日、自宅にいるのに親とまったく口をきかなかったりする。家に帰らない子が親と毎日携帯で話し、家にいる子はメモのやりとりだけでいっさい親と会話をしない。

 マスコミや世間ではITがどうとかこうとか言っているが、その本質を理解している大人は少ない。それに気づける人と気づけない人がいて、後者が偉そうにしているのが今という時代の特徴に思える。

 その意味で言えば、広野はサル顔に似合わず、毛は3本多いようだった。つまり、私たちの「チーム」に入る条件を満たしている。でも認めるのはなんかシャクだ。

「何よ、自慢? サル知恵じゃん」

「ホント、ひでーな、美月ちゃん。もしかして毒舌キャラ?」

 また顔を赤くして抗議する。こちらが名乗ってもいないのに「美月」の名を口にした広野に対して何も言わず、渋谷のスクランブル交差点でタクシーを拾う。先に乗り込んだ美月が「駒場キャンパス」と運転手に告げると、広野がちょっと怪訝そうな顔をする。

 タクシーは東急本店から松涛の住宅街を抜け、東大の炊事門で停車した。

 東京大学駒場キャンパス。

「東大? 赤門は?」意外な場所に連れてこられ、さすがに戸惑っているようだ。

「あれは、本郷キャンパス。こっちよ」

 美月は裏門から平然と大学の敷地内に入っていく。

「ここにいるの、みんな東大生か、すごいのう」広野が妙な関心のしかたをする。

 しばらく歩き、古ぼけた建物の前に立つ。

〈立ち退き反対〉〈当局の横暴を許すな!〉という物々しい看板が、いたるところに立てかけてある。

「ここは?」と広野。

「寮よ、学生寮」

〈北寮〉と記された建物に入る。

「勝手に入ってええんか、女人禁制と違うんか?」

「イヤなら帰れば」

「わかったわい」渋々といった感じでついてくる。

 生活臭を漂わす階段を上ると、〈23B〉というプレートのかかった部屋の前で止まる。ノックをしてドアを開けた。

「とりあえず、連れてきたわよ」

 3人の男と、1人のまだあどけない女の子が、一斉に美月たちを見る。

 室内は20畳ほどの広さで、4つのスチール製机の上にはデスクトップ型のパソコンが置かれている。隅には配線ケーブルが絡み合うように差し込まれた機材が何台も設置されていた。

 学生の寮部屋というより、ちょっとしたオフィスの趣だ。

「ふーむ」広野はなにやら納得している様子だ。

「ここが私たちの『アジト』よ。彼らと、そのかわいい女の子がメンバー」

「ま、美月ちゃんにこうして連れてこられたのも何かの縁。よろしゅう頼んます」鷹揚な口ぶりとは裏腹に体をもじもじさせている。

 東大の学生寮。

 広野にすれば、これほど場違いな空間もないはずだ。


(つづく)

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