サルがちゅーちゅーとストローでココアオレを飲んでいると、小太りの小山がやってきた。
「広野くん、この前オーダーしたスーツがようやく届いたよ。さっそく着てくれないか」めんどくせぇ。「チッ」と聞こえるように舌打ちしてやった。
2週間前、サルは堀井に表参道のアパレルショップに連れられて行き、オーダーメイドのスーツを発注したのだった。中年のテーラーに体のあちこちを採寸されて気色悪かったのを覚えている。
和紙の包装をむしりとると、光沢のある生地にブルーの薄いストライプが入ったスーツが出てきた。さらにもう1つの包装もむしるとワイシャツ。これもオーダーメイドだ。ワイシャツの場合、生地から選んで仕立てていく。サルはそんな手の込んだ工程があることをはじめて知って、半分驚き、半分あきれた。
「あと、これもな」小山がネクタイ、ハンカチ、腕時計など、装飾品一式を次々に並べていく。
美月が「あ」と声をあげて腕時計を手にとった。「これ、ブルガリの限定版じゃん」
サルはため息を吐く。どうでもええよ、わしは。学校の制服すらまともに着たことないのに。
だらだらと服を脱ぎはじめる。
「目が腐るから見ちゃダメよ」美月が由里子を遠ざけた。
ジャストフィットのスーツをまとい、イタリア製の革靴を履き、顔を背けられながら美月にネクタイを締めてもらう。そしてサファイアのネクタイピン、スーツの胸ポケットにはハンカチーフ。ブルガリの時計を手首に巻き、シルバーフレームのメガネまで掛けさせられた。
ここまできたらおもしろくなったのか、美月は鼻歌を口ずさみながらサルの髪をセットする。これでコーディネイト終了。しめて300万円なり。
「どうっすか? わし」
その瞬間、アジトは爆笑に包まれた。
由里子までも手で涙を拭っている。
美月にいたっては息すら満足にできないようだ。「ダメ、ダメ。まじ、死んじゃう」声だけ聴けば実にエロい。
「なんよぉ、笑うなよぉ」
そう口をとがらせたとき、またドアが開いた。大将のお出ましだ。
「準備が整ったようだな」堀井はサルの肩にぽんと片手を乗せるとみんなに向かって、「今日から新しいミッションに入るぞ」と宣言した。
「れ、れ、例のやつね」高松がぼそりとつぶやく。
堀井はサルの全身を眺めた。
「そうだな、作戦名は『サルにも衣装』ってところかな。あ、悪い」
そう言うなり、アハハハと笑い出した。
サルはあっけにとられた。大将が大笑いするとこ、はじめて見たわ。
そして、素朴な疑問が頭をかすめる。
で、わし、この格好で何すんの?
(書籍につづく)
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徳間書店
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『成 金』目次
(このブログでは、第1章を連載いたしました)
第1章 謎のチーム
1999年の7の月
最高のアマチュア
ほんま、しゃれならん
第2章 悪貨
ビットバレーの正体
悪貨は良貨を駆逐する
第3章 裏切り
ハリガネムシ
夢の一歩手前
だまし討ち
お座敷キャバクラ
戦争だよ、戦争
第4章 決戦前夜
1984
寝かせと握り
使用済みパンティ3000円
キヨハラ
室外機のぬくもり
勝率2割
第5章 交渉
インテリジェンスの鬼
情報、情報、そして情報
ネゴシエート・ハウス
成金
悪とは実績、悪とは知恵
共喰い
第6章 奇跡
ロスタイム
嘘だろ?
2代目社長
コスプレパーティー
第7章 フェイク
水鳥で逃げ出した平氏もかくや
古き良き時代の終わり
ガレージ・オブ・ドリームス
白旗を揚げたわけじゃない
第8章 アバター
黒幕
SIF
ヴァイブレーション・イン・NY
焦土作戦
終結
鳩ボール
谷で孵ったおたまじゃくしは、
あとがき
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