成金 堀江貴文

ホリエモンが放つ青春経済小説待望の第2弾!

第1章 謎のチーム ――ほんま、しゃれならん(連載最終回)

 サルがちゅーちゅーとストローでココアオレを飲んでいると、小太りの小山がやってきた。

「広野くん、この前オーダーしたスーツがようやく届いたよ。さっそく着てくれないか」めんどくせぇ。「チッ」と聞こえるように舌打ちしてやった。

 2週間前、サルは堀井に表参道のアパレルショップに連れられて行き、オーダーメイドのスーツを発注したのだった。中年のテーラーに体のあちこちを採寸されて気色悪かったのを覚えている。

 和紙の包装をむしりとると、光沢のある生地にブルーの薄いストライプが入ったスーツが出てきた。さらにもう1つの包装もむしるとワイシャツ。これもオーダーメイドだ。ワイシャツの場合、生地から選んで仕立てていく。サルはそんな手の込んだ工程があることをはじめて知って、半分驚き、半分あきれた。

「あと、これもな」小山がネクタイ、ハンカチ、腕時計など、装飾品一式を次々に並べていく。

 美月が「あ」と声をあげて腕時計を手にとった。「これ、ブルガリの限定版じゃん」

 サルはため息を吐く。どうでもええよ、わしは。学校の制服すらまともに着たことないのに。

 だらだらと服を脱ぎはじめる。

「目が腐るから見ちゃダメよ」美月が由里子を遠ざけた。

 ジャストフィットのスーツをまとい、イタリア製の革靴を履き、顔を背けられながら美月にネクタイを締めてもらう。そしてサファイアのネクタイピン、スーツの胸ポケットにはハンカチーフ。ブルガリの時計を手首に巻き、シルバーフレームのメガネまで掛けさせられた。

 ここまできたらおもしろくなったのか、美月は鼻歌を口ずさみながらサルの髪をセットする。これでコーディネイト終了。しめて300万円なり。

「どうっすか? わし」

 その瞬間、アジトは爆笑に包まれた。

 由里子までも手で涙を拭っている。

 美月にいたっては息すら満足にできないようだ。「ダメ、ダメ。まじ、死んじゃう」声だけ聴けば実にエロい。

「なんよぉ、笑うなよぉ」

 そう口をとがらせたとき、またドアが開いた。大将のお出ましだ。

「準備が整ったようだな」堀井はサルの肩にぽんと片手を乗せるとみんなに向かって、「今日から新しいミッションに入るぞ」と宣言した。

「れ、れ、例のやつね」高松がぼそりとつぶやく。

 堀井はサルの全身を眺めた。

「そうだな、作戦名は『サルにも衣装』ってところかな。あ、悪い」

 そう言うなり、アハハハと笑い出した。

 サルはあっけにとられた。大将が大笑いするとこ、はじめて見たわ。

 そして、素朴な疑問が頭をかすめる。

 で、わし、この格好で何すんの?


(書籍につづく)

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連載の内容を面白いと思っていただいた方は、
書籍で続きをご覧いただけるとありがたく存じます。

徳間書店
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『成 金』目次

(このブログでは、第1章を連載いたしました)

 

水溜まりの世界

 

1章 謎のチーム

1999年の7の月

最高のアマチュア

ほんま、しゃれならん

 

2章 悪貨

ビットバレーの正体

悪貨は良貨を駆逐する

 

3章 裏切り

ハリガネムシ

夢の一歩手前

だまし討ち

お座敷キャバクラ

戦争だよ、戦争

 

4章 決戦前夜

1984

寝かせと握り

使用済みパンティ3000円

キヨハラ

室外機のぬくもり

勝率2割

 

5章 交渉

インテリジェンスの鬼

情報、情報、そして情報

ネゴシエート・ハウス

成金

悪とは実績、悪とは知恵

共喰い

 

6章 奇跡

ロスタイム

嘘だろ?

2代目社長

コスプレパーティー

 

7章 フェイク

水鳥で逃げ出した平氏もかくや

古き良き時代の終わり

ガレージ・オブ・ドリームス

白旗を揚げたわけじゃない

 

8章 アバター

黒幕

SIF

ヴァイブレーション・イン・NY

焦土作戦

終結

鳩ボール

 

谷で孵ったおたまじゃくしは、丘に登るカエルとなる

 

あとがき


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第1章 謎のチーム ――ほんま、しゃれならん(連載第10回)

 そのとき部屋のドアが開いた。由里子だ。

 気分が一気に晴れ渡った。心の中でつぶやく。

 ま、しばらくは出ていかんでもええか。

「おはよう、おさるさん。昨日も大変だったんでしょ。ちょっと待っててね、すぐ朝ごはん作るから」

 アジトには、冷蔵庫のほか、簡易コンロやトースターなど調理器具はあらかたそろっていた。せっせと立ち回る由里子の背中を見ながら、タバコに火をつける。

 彼女は渋谷にある有名私立大の中等部に通っているらしいが、いつも誰よりも先にアジトに来てはあれこれ世話を焼いてくれる。色白の顔に黒目がちな目。まるでバンビのようだ。それに、育ちの良さを感じさせるどこか大人びた上品なたたずまい。サルはしみじみ思う。わしの生涯で接したことのないタイプじゃのう、と。

 由里子がトーストとコーヒーを運んできてくれた。

「ちょっと、待っててね」そう言い置くと、ガラス製のボウル皿を手に戻ってくる。バナナにヨーグルトがかかっていた。「カスピ海ヨーグルト。由里子のお手製なんだよ。すっごく美味しいの」

 切り分けられたバナナは甘味の凝縮された台湾産だという。目の前でヨーグルトの上にブルーベリージャムをかけてくれる。

「はい、どうぞ」

 旨い、癒やされるな~。スプーンでバナナを口に運びながら、サルは唯一安らげるひと時を満喫する。

 ん? いやな気配がする。見ると、いつの間にか美月の姿があった。

「由里子ちゃん、夏休みなのに飼育当番? サルの餌やり、大変ね」相変わらずの憎まれ口だ。

 由里子がくすくす笑って言う。

「じゃ、ごほうびにアイスココアオレ、作ったげるね」

「由里子ちゃん、ありがとう。はやくねえええ」一転して表情が崩れてしまう。

 続いて、どこかの部屋からか高松が戻ってきた。

 こっちをひと睨みし、黙って、シュッ、シュッと、消臭スプレーを部屋中にかけて回る。サルのにおいが嫌だというアピールらしく、いまや高松の朝の儀式と言っていい。

 サルはそれを鼻で笑った。無視、無視。わし、満足だもん。だって、デパ地下で売ってる高級液体ココアなんだもん。

「ミルク、たっぷりでねえ」そう声をかけると、「ミルクだって。バッカじゃないの」と美月が冷たく吐き捨てた。


(つづく)

第1章 謎のチーム ――ほんま、しゃれならん(連載第9回)

 流し台で顔を洗って部屋に戻ったサルは、リモコンでテレビのスイッチを入れた。しばらくザッピングして、情報番組に落ちつく。そして顔を拭いたタオルを首に巻き、共同トイレに向かう。便座に腰を下ろし、いきみながら、それにしても妙だ、と思う。

 チームがやっているのは、ITベンチャーをはめて金を巻き上げること。いたってシンプルだ。強請って儲ける。

 もしチームに難点があるとすれば、それは「現場」に弱いということだった。高松は外の任務に関してはまったく使えない。美月1人だけにネタをあげさせるのは酷というものだ。そう考えれば、自分が誘われたのもうなずける。

 つまり、わしの加入ですべてはうまくいっているし、それぞれがストロングポイントを持つこのチームは切れ者ぞろいと言っていい。今後も下手を打つようなことはないだろう。

 でも、何かが腑に落ちなかった。

 うーむ、と考え込む。

 実は、メンバーに対してサルは密かな敬意を抱いていた。それは彼らが金で動くような安っぽい人間には思えなかったからだ。

 サルはタオルで頭をごしごしこすった。

 ま、セレブの由里子は言うまでもないけど、美月だって体は売っても心は売らない、キスはNGよ、なんてのたまうソープ嬢のような頑なさを持っとる。高松にせよ、おたくだといっても、その粘着質なキャラクターが勉強や研究に向かえば、ものすごい威力を発揮しそうだった。小太りの小山は金の勘定や算段は得意なのに、自分の金には無頓着。ましてや大将、あの堀井は金に呑まれたり、支配されたりするタマじゃない。チームの目的が単なるベンチャー転がしの金儲けなら、わしも含めてこのメンツがそろうはずがないのだ。絶対、何かほかの目的があるはず──。

 それがこの1ヶ月で辿りついたサルの結論だった。

 用を足して部屋に戻ると、サルはソファに転がっていた自分の財布を拾い上げた。鰐革のけばけばしい財布の中には堀井から渡されたカードが3枚入っている。

 1枚は都銀のキャッシュカード。〈シンキロウ〉の名義で8桁の預金残高がある。あとの2枚はブラックのクレジットカードだ。

 シンキロウって誰よ? 手渡されたときに訊いたら、堀井は含み笑いを浮かべて「漢字にすれば……」とメモ用紙にこう書いた。〈森喜朗〉。サメの脳みそにオットセイの下半身──と揶揄された有名な政治家の名前だった。

 ったく、あいつら、どこまで本気なんだ。サルは昨日、洗濯しておいたシャツに着替える。しわが寄っているが、そんなのおかまいなしだ。ほのかな洗剤のにおいが気持ちいい。

 まあ、このカードを持ってトンズラすりゃ、しばらくは遊んで暮らせるわな。でも、それはやらん。ここにはまだ秘密がある。このチームにはもっと別の目的があるはずや。それを知るまでは──。

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